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福島家庭裁判所 昭和35年(家)2234号 審判

申立人 川野サチ(仮名)

相手方 川野正光(仮名)

主文

相手方は申立人に対して金一五万円を即金一〇万円、残金五万円については昭和三十六年十二月末日限り支払うこと。

理由

一、申立人と相手方は昭和二十二年四月十五日結婚式を挙げ、同年五月二十三日婚姻届をなし、昭和三十一年三月五日迄夫婦として肩書相手方方にて同棲してきたものであるが、昭和三十四年七月十七日離婚判決が確定した(戸籍の届出未了)。

一、前記判決書その他関係記録(福島地裁昭和三一年(タ)七号、同昭和三四年(ワ)二八八号)及び関係人の申述によれば、申立人と相手方の離婚に至つた経緯は次の通りである。

即ち相手方は申立人に不貞行為があり、その結果申立人の分娩した子は相手方の子でないとして、昭和三十一年三月離婚及び嫡出否認の調停申立をした。しかしいずれも当事者間に合意が得られなかつたので、調停不成立に帰し、離婚については改めて相手方より福島地方裁判所に訴訟を提起し申立人も亦反訴離婚の請求をしたところ、同裁判所は申立人に不貞行為ありとする相手方の離婚権については、「申立人は他から半暴力的に犯かされたにすぎず、又申立人の分娩した子(その後死亡)も相手方の子でありうるし、且申立人に前叙所業があつた後、相手方としてはこれを宥恕し、」引き続き夫婦生活をつづけてきたものであるから、今になつて申立人の不貞行為を理由としての離婚云々は認められる筋合ではない。却つて申立人は相手方より古傷を持出されて離婚を迫られ、遂に昭和三十一年三月四日婚家より追出されたものであり、その上相手方は昭和三十二年六月頃から斎田文子という婦人と同居している事情などがあるから申立人こそ民法七七〇条一項五号の婚姻を継続し難い重大事由を引きおこした責任があるとして、申立人の離婚権によつて前示確定判決がなされたものである。

一、右の判決書によれば、本件当事者間の離婚については、畢竟相手方の有責行為に起因するもののようにみうけられているが、相手方としては一たび離婚を飜意したが、矢張り申立人の所業に対してのしこりが残つている上親しい者たちからの示唆により再び離婚を決意するに至つたことの心情は察するに難くはないので離婚について専ら相手方のみを非難できないように思われる。

一、仍て財産分与についていずれが分与するか、又その額その他を前記資料に基いて検討するに申立人は慰藉料一〇〇万円の外に財産分与として相手方より五〇万円の支払を望むところであるが、相手方は不動産などについて、申立人より保全処分をうけているに拘らず、所在さえ不明にしておけば、債務負担より免れると誤信しているようであるので、相手方のこの点についての意見を直接に聴することができない。

それで財産分与の制度は、離婚による財産的損失の補償を含み財産関係の清算ということであると考えるときには、その内容として婚姻生活中における夫婦協力扶助、婚姻費用の分担割合、或は共同生活中の取得財産又は保全財産についての貢献程度等による夫婦共有財産関係等の清算という部分の外に扶養をうける権利の喪失その他離婚による生活状況の変動に基く有形無形の損害並に慰藉料等を包含するものと解すべきところ、慰藉料請求については申立人より別途に地方裁判所に提訴されているので本件においては財産分与に包含されるであろう慰藉料額を観念的に控除して財産分与額を検討することになる。

一、これらの事情として

申立人は、当三六歳、旧乙種中等教育をうけただけで特に手職を身につけているわけでない。目下福島市内の製糸会社の雑役婦として就労し、月収住込みで手取り四、五〇〇円位である。その父は死亡し、姉夫婦が母と共に農業を経営している。

相手方は当三六歳、米国にて育ち、昭和十三年父死亡により母と共に帰国し、祖父の家業である農業を手助けしていたが、昭和二十八年祖父死亡により家業を一切相続し、爾来祖母、母と共に暮して来た。しかし申立人より離婚訴訟等提起されるや、その姿を晦ましたが相手方の肩書居宅には、その祖母、母と共に相手方の後妻であると思われる斎田文子が在住して留守を守つており、家人の話によれば相手方は目下在京し、通訳その他米国関係の仕事に従事している様子である。

相手方の資産としては相手方は田六反前後、畑七~八反、山林八~九反位の農家でありこれらの財産はいずれも相続により承継したものである。

相手方の前記居宅は間口六間奥行四間四尺と附属の釜屋間口三間五寸奥行四間の農家造りである。これらは相手方等親子が米国より帰国した際の落ちつく場所として建築しようとしたものであるが、資金不足から、申立人の父が建築用材の相当部分(申立人の云分によればトラック九台分であり、相手方は、柱、土台等に若干栗の木を伐出したとのことである。)を提供したものである。その所有名簿は宅地一九三坪と共に相手方名義になつていたところ、申立人の財産的請求を察知し、これら家、屋敷は母名義に又前記山林は農地の一部と共に前記文子名義に書換えたものである。

農業収入としては農地から生ずる米一〇石前後、麦二~三石、繭三〇~四〇貫である。相手方個人の収入は特に高額とは思われない。

相手方は元々身体虚弱、神経痛の痼疾があつて、農業に精励できず、申立人との婚姻中は申立人と姑さよがこれに当つてきたが、現在は専ら相手方の母が家業を主宰しているわけである。従つて申立人との婚姻生活中において、特に協力して蓄積した特記する程の資産はない。

その他の事情として前叙申立人が相手方より宥恕をうけるに際して相手方は申立人の実兄より金三万円の貸与を受け、又その頃将来相手方が離婚問題を持出したときには、総財産の三分の一を申立人に支払う旨の契約がなされたこと並に前述のように相手方が離婚を決意するに際して、相手方より前記財産の三分の一を分与する旨の契約は無効であるとしてただ借受金元金三万円の弁済をした事実が認められる。そうして相手方のした右契約の無効主張は、それが有効であるとしても夫婦間の契約であり、且その契約の経緯に鑑みその内容が必ずしも合理的なものと云えないので、其の頃適法に取消されたものと思われる。

以上のように離婚事情として、確定判決に拘らず、申立人にも咎められるべき事情のあつた点、申立人の現在の生活事情並にその将来と申立人の婚姻当時との生活事情の対比に前記財産関係を綜合し、慰籍料等損害賠償的観念を控除するときは財産分与として主文の通り定めるを相当とする。

(家事審判官 村崎満)

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